多次元セラピー(=新しいトランスパーソナル退行療法)セッション、多次元セラピーのプロ養成スクールで心の癒しと原因不明の不調解放、多次元に渡る魂の探求、自己実現をサポートします。スカイプ・神奈川

時間にまつわる悩み、時間感覚のシフト

2021年07月09日

時間にまつわるお悩みで、多くの方が

やらなくてはいけないことを先延ばしにしてしまう」ことに

悩んでいらっしゃいます。

時間を効率よく使うことが出来ない

「予定を立てていても、ついダラダラと過ごしてしまう。」

ということも、セッションの際のお悩みや、

潜在意識の活用セミナーのテーマとして、たびたび出てくるものです。

皆さまはいかがでしょうか?

これまでのケースを振り返ると、

このようなお悩みを持つ方は、前向きで、向上心が高いことが多いです。

現状を冷静に分析し、問題点を見つけ出し、

改善しようと真面目に取り組む…

よりよい時間の使い方、時間の過ごし方を求めて努力し、

セッションやセミナーを活用されているのですから、

本当に素晴らしいことだと思います。

時間を何とかしたいというのは、日常的でありながら、

実は深遠なテーマです。

その方が、日頃、

時間をどのようにとらえていらっしゃるかということが

反映されているためです。

年齢や職業、立場、環境、

その方が置かれている状況などによって、

時間のとらえ方や感覚は、かなり異なっています。

そのため、たとえば「先延ばし」という同じテーマであっても、

どんな方法を選び、どのように進めていくかは、

その方によって、違ってくるのです。

時間にまつわる悩みを癒す方法

ヒプノセラピーには、

サブパーソナリティ(副人格)というセッションがあります。

ものごとを先延ばしにしてしまうサブパーソナリティ(副人格)が

心の中に存在しているのだと考えてみると、

何らかの理由で、そのサブパーソナリティが、

先延ばしをさせていることになります。

なぜそうしているのか、その理由を理解すると共に、

先延ばしをしないようにするのは、何が必要なのかを探っていきます。

先延ばしにしてしまうことが、過去または過去生のトラウマ体験や、

幼少期の親子関係に端を発していることもあります。

その場合は、多次元セラピーを用いて、

先延ばしが始まった起源へと退行し、

どのような経緯でそうなっていったのかを探求することが出来ます。

なぜそうなのかを理解することで、癒しと解放、変容が促されます。

客観的に見て、時間の感覚や使い方に問題がないとしても、

その方が完璧を望んでいる場合や、

ご自分をジャッジし、非難する傾向が強い場合には、

現状を問題視してしまうことがあるでしょう。

また、時間の使い方を改善することによって、

何かを回避したい場合、何らかの利益を得られる場合もあります。

心理面からエネルギーの領域にまで視野を広げてみると、

時間の使い方について、ご自分の感覚を奪われ、

他者の感覚を押し付けられていたり、

あるいは大切な相手の感覚を、

自ら引き受けてしまっていることもあります。

エンパス、HSP、エネルギーに敏感な方によく起こっていることです。

このようなケースでは、多次元セラピー、ヒプノセラピーではなく、

より総体的にエネルギーフィールド(オーラ)にはたらきかけ、

量子レベルから浄化や変容を促すヒーリングが有効となります。

時間のとらえ方、時間の感覚、時間の過ごし方は、

その方のこれまでの人生の体験や、周囲の人々から受けた影響、

人生観、世界観などと無関係ではないのです。

時間との競争 と doing

決められた時刻までに、立てた予定をこなせていたら、

ほっとして、良い気分になります。

午前0時に日付けが変わる前に、

今日やるべきことは、すべて終えていなければなりません。

考えてみれば、私たちは、追い抜いたり、追い抜かれたり

常に時間と会いかけっこをしているような状態にあるようです。

そして、それが高じると、

時間と競争しているかのようになります。

疾走する時間。

そのスピードと同じくらいの速さをキープして、並走して進んでいくか、

または追い越さんばかりに加速する…。

ご自分の時間に対する感覚について、

鳥瞰するように客観的に眺め、

周囲の人々それぞれの時間感覚を観察し、

今までと異なる時間感覚の可能性について、

思いを向けてみるのもよさそうです。

もしも、現在、時間との戦いの最中にある場合は、

可能であれば休戦に持ち込むか、

あるいはしばらくの間、そのレースから降りてみましょう。

果たして何もしない時間を作れるでしょうか?

私たちが競争状態にある時、私たちは、doing モードに入っています。

動いて、動き続けて、結果を出す、そしてまた動き続ける、

その繰り返しです。

それを離れてみると、今度は being モードに入ります。

何もしない、ただ在る…という夢のような時間感覚、時間の過ごし方です。

行動をしないばかりか、思考すらも離れて、

自然に耳に入ってくる物音や、そよ風が頬をなでる皮膚感覚、

目に映る風景や事物と共に過ごします。

こうした being は、多くの方にとって、非日常です。

子どもの頃の感覚が思い出されたり、体感されたり…、

時間が止まってしまったかのような長い夏休みの一日の記憶が

ふとよみがえってきたり…

忙しい大人の方が、being  の中に入ると、

おそらく日頃の競争状態が、よりはっきりと認識されるでしょう。

doing を止めることは出来ませんが、

being  を意識的に作り出し、

時々 being の中に入って、時間の過ごし方や時間感覚に

メリハリをつけることは可能です。

ストレスや過労、心身の不調を覚える方は、

doing に傾き過ぎているかもしれません。

一度、振り返ってみることをお勧めします。

どの辺りでdoing と being のバランスが取れるのかは、

その方によって異なると思いますが、

ご自分の中のバランスを取り直してみると良いでしょう。

十分に being があると、 doing のパフォーマンスが上がり

doing をより楽しめるようになり、行動意欲も増すはずです。

時間の感覚を外してみたら…

being のひとときを作ることは、

現在の時間の感覚から一時的に外れてみることになりますが、

それとは異なる視点に立って時間の感覚を外すということもあります。

先日、「室町は今日もハードボイルド」の著者である

清水克行氏によるエッセーを、興味深く読ませていただきました。

中世には、「怠け」や「不精」を意味する

「懶惰(らんだ)」と「懈怠(けたい)」という言葉があり、

この2つの言葉は、意味に違いがあるのだとか。

今日やるべきことを明日にまわすのが「懈怠」であり、

明日やるべきことを今日やってしまうことを「懶惰」というのだそうです。

「…ただ、今日の仕事を明日に先延ばしすることが「怠け」であるというのはわかるにしても、明日の仕事を今日先回りして片づけてしまうことの、どこが「怠け」なのだろう。むしろ、それは勤勉なのではないのか。しかし、どうやら、そこには中世人なりの深い勤労観があったようだ。

https://www.shinchosha.co.jp/book/354161/

今日やるべきことを明日にまわすとは、

まさに「先延ばし」をしてしまうということになるでしょう。

現代に生きる私たちにもよくあること、

望ましくないとする意識は共通していて、よく理解できます。

ところが、明日やるべきことを今日やってしまうことが怠けとは、…!?

私たちは、明日やることを、今日やってしまったら、

時間を得したような、ちょっと良い気分になるのではないでしょうか?

その分、明日のスケジュールが空いて楽になるか、

または別のことをする時間が確保できたと考えて、

少しばかり嬉しくなるでしょう。

そこまで思わないとしても、少なくとも怠けというような

どちらかといえばネガティブな感覚は、おそらく持たないはずです。

もしかすると、明日のことを、今日のうちにしてしまった結果、

明日という日にすることがなくなり、

怠惰に過ごすことになる…ということなのでしょうか?

どうやら今日行うべきことは今日行うことが大切であるという意識と、

日常のペースを乱すことへの忌避感があるのかもしれません。

明日を先取りすることを良しとしない中世人の感覚と、

むしろ喜ばしく感じる現代人の感覚。

そうでない感覚や在り方があった過去の時代の記録に触れると、

現状をよりたやすく客観視できそうです。

現在の感覚と意識の中にいて、さらにスピードアップし、

より良い効率を求め続けるのも悪くはありませんが、

いったんその枠組みを外した上で、

時間と向かい合うというのはどうでしょうか?

たとえば、今日という日の充実感

そして自分なりのペースや自分独自のリズムを尊重すること

明日、何が起こるかは、誰にもわからないですし、

そもそも明日という日が来るのかどうかすら、わからないのですから、

とにかく今日という日を、最大限、大切に過ごし、

その充実感の中にとどまり、味わってみる。

その感覚と在り方は、

今、ここ」にいるということにもつながっているようです。

ここでいう充実感もペースもリズムも、すべて主観的なものですので、

社会生活の中で一日中それをするのは難しいことですが、

明日のことは考えず、まして先々のことなど考えずに、

今日を何よりも大切に過ごすことは、

お仕事がオフの時や、まとまった休暇の時などにやれそうです。

視界にあるのは、今日だけ… 違う風景が広がるかもしれません。

時間のとらえ方をポジティブに変容させる

時間は幻想であるとか、

時間の進み方は一定ではなく伸び縮みするとか、

時間とは、社会的に合意されて人工的に作られたとか、

全ての時間は今、ここにあるとか、

時間についてはさまざまなことが言われています。

私はセラピストとして、何人ものクライアントの方とお会いして、

同じ時代を生きていても、時間のとらえ方や感覚は単一のものではなく、

驚くほど個人差があることを、常々再認識させていただいています。

ご自分の時間に対する感覚について、客観的に眺め、

周囲の人々それぞれの時間感覚を観察し、想像し、

今までと異なる時間感覚の可能性について思いを向けてみるのは、

エキサイティングな探求です。

時間の感覚は、望みをかなえて幸せな未来を実現することにも

深く関わりを持つことです。

「あの時、こうしていたら…」  と考えたことのない方はいないでしょう。

この瞬間の選択によって、その先にあるもう一つの現実がもたらされ、

現在が変わると、未来が変わるためです。

幸せな未来の可能性をひらくセミナー では、

人間関係や社会・世界との関わりなどを振り返り、

現在をポジティブに変容させることで、

最高に幸せな未来の可能性をひらくことを目指します。

そのポジティブな変容の第2のシフトが、

時間を探求し、時間のスペシャリストとなるワークです。

セミナーでは、あなたの意識が変わるためのシフトのポイントが明確になり、

深層に眠っている素晴らしい資質や能力が再発見されるでしょう。

そして、未来志向の心の姿勢や考え方を理解することが出来ます。

意識が変わると、まず毎日の生活が変わり、

さらには未来が変わっていきます。

「時間の使い方を何とかしたい」という思いから、

時間の感覚そのもののシフトへ。

いっそう心地よく、現在の時を過ごすことから、

その先にある未来の、いっそう喜ばしく充実した時への扉が

ひらかれていくかもしれません。

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夢をかなえ、望みを実現する最初の一歩は?

2021年06月26日

願望の達成目標達成、夢をかなえるなど、

望むとおりの未来を創造することを望む方のために、

潜在意識の活用・目標達成スペシャルコースがあります。

こちらのコースには、7つのステップがあり、

2回のセミナー、2回のヒプノセラピーセッション、

カウンセリング、心理療法アプローチ、

フィードバックが含まれています。

潜在意識の特性を理解して、

潜在意識を顕在意識の味方につけるノウハウをお伝えし、

効果的に活用していただくものなのですが、

今回は、技術やテクニックを駆使する以前に、

必要不可欠なことについて、お伝えしましょう。

望みを実現する第一歩は?

望みを実現するにあたって、

まず最初に必要なのは、何でしょうか?

それは、望みを持つこと、願望すること、

こうなりたいという夢を描くことです。

このことは、簡単なようで、実はそうではありません。

「こうなったらいいな~」

「こんな毎日を過ごしたい…」

「こんな自分であったならきっと… …」

という思いを、私たちは、日常、幾度となく持つと思います。

たとえばテレビやネットを見ている時、

友人や知人と話をしている時、

雑誌や本を読んでいる時などに。

ちょっとしたきっかけで、ふっと頭をよぎる素敵なイメージや、

ワクワクするアイデア、思い描く楽しい未来図です。

それは実に魅力的なのですが、

残念なことに、ものの数分で薄れ、消え去ってしまいます。

こうした体験が何度となく繰り返されていたとしても、

それは単なる淡い憧れ、一瞬の夢に過ぎません。

何となくこうだといいな…では、弱過ぎるのです。

「あなたにとって幸せな未来とは、どのような未来ですか?」

と問いかけられて、このような淡く一過性の願望を答えたとしても、

そこにはエネルギーがこもっていません。

真剣な気持ちで、何かを達成しようとする時、

心からかなえたいと強く望むことがあったら、

それについて、ある程度時間を費やし、心を集中して、

吟味したり、確信したりする必要があります。

夢を描くといっても、描く夢が、

その時々で気まぐれに変わり、浅く、淡く、

心のどこかで「どうせ無理でしょ…」と思っていたら、

達成はとうてい望めないでしょう。

期待と意図の違い

望みを持つことは、期待することとは違います。

「こうなったら嬉しい、喜ばしい…」と期待することと、

「こうなる」と意図することには、大きな違いがあります。

よくセミナーでお伝えする例は、

翌日にハイキングや野外でのスポーツの予定があり、

ぜひとも晴天になって欲しい時の態度です。

その前日の夕方に、空の様子を眺めながら、

「どうだろう、雲はあるし、ひょっとして雨になるかな?

それとも、予報ではこうだから、もしかして晴れるかも…」

このように、さまざまな可能性についてあれこれと思いを巡らせ、

「晴れますように!」とお願いするのは、単なる予測と期待です。

それに対して、空を見上げながら、

「明日は晴れる。明日は快晴だ。」というのは、

明確な意図であり、期待とは違うのです。

すなわち、本気で望みを実現するためには、

「こうなったらいいな…」というところから抜け出て、

「こうなる(と意図する)」ポジションに立つ必要があるのです。

潜在意識の活用セミナーにお越しになる方は、

皆さん、かなえたい夢や、達成したい目標をお持ちです。

が、そうであるにもかかわらず、中には少数ですが、

「こうなったらいいな」という期待のレベルに留まっている方もあり、

たいへん勿体ないことだと思います。

この願望は切実なものであり、自分は真剣に意図していると思っても、

実はそうなっていないことがあるものです。

ご自分の気持ちが期待の状態にあると気付いたら、

何がそうさせているのか、ちょっと考えてみると良いかもしれません。

失敗のショックから身を守ろうと…

ここでよく起こりがちな問題は、

真剣になり過ぎたり、期待をかけ過ぎたりすると、

結果的に上手くいかなかった時、辛さが倍増するという懸念です。

幼い子どもの頃は、大きな期待をかけ、

純粋に懸命に心を傾けますので、

ダメだった時の落胆も大きくなります。

ところが成長するにつれて、私たちは、

傷つかないように自分を守ろうとして、

無意識のうちに願望そのものを縮小したり、

期待を半減させたりするようになりがちです。

何かをする前に、挫折した時のことや

最悪の結果について、あらかじめ考えておくという方もあります。

特に、完璧でありたい欲求が強い方や、

失敗することに対して恥の意識を持ちやすい方、

失敗が許されない環境で育った方などは、

その傾向が大きくなるでしょう。

長年、望みをかなえるお手伝いをさせていただく中で、

これまでのケースを振り返ってみますと、

十分に潜在意識を活用して、

正しく、エネルギーを込めて取り組んでいたとしても、

全ての方が成功するわけではありません。

(上手くいかない背景やポイントは幾つかあるのですが、

それについては、また別の機会にお伝えするとしまして、)

ここでは、失敗した時に、その体験をどう活かすかということを

ぜひとも考えていただければと思います。

私は、プロセスを重視することをお勧めしています。

プロセスは、雄弁に語りかけ、忘れられていたポイントをあぶり出し、

貴重な気付きや知恵をもたらしてくれるからです。

つまり、失敗したらそれでおしまい、

全ては無駄だった…ということにはならず、

その代わりに、意義深い体験と情報を手に入れたことに気付けるのです。

それは往々にして、成功体験よりもいっそう深い気付きや知恵を含みます。

このことをご理解いただき、了解していただけると、

失敗のショックや落胆をやわらげるための意識的、無意識的な操作から

自由になっていただけるでしょう。

というわけで、

結果がどうなるかはさておき、

今、私たちが取り組んでいるのは、望みを実現するということです。

その第一歩として、(失敗を怖れることなく)

期待から意図へと、立ち位置をシフトしてみましょう。

「こうなったらいいな…」から、「こうなる」と意図します。

上手くいかない場合のことを考えるのは、無益なことです。

願望、目標を達成したい時や、望むとおりの未来を実現したい時は、

初めの一歩を、的確に踏み出しましょう。

テクニックや秘訣のお話はその後です。

皆さまの目標達成、望みをかなえる体験談やご相談は、

ウェブサイトのほか、下記ページでも承ります。

輝く未来の実現へ プロセスサポートフォーラム

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魂の計画には、メインテーマがある

2021年04月18日

魂の計画とは、生まれてくる前に魂が立てた、この人生のプランです。

多次元セラピーでは、このプランについて、

「青写真」のようなものではない…という立場を取っています。

青写真というのは、文字どおり、写真ですので、

細部に渡って、全てが細かくはっきりと決まっていて、

どうなるかわからない未知数の部分がほとんどありません。

自由に選択できる要素は、ほとんどゼロとなります。

それに対して、多次元セラピーの魂の計画は、自由自在です。

幾つかの重要な部分は決定されているものの、

そのほかの大部分は、自由意思に基づく選択が可能なのです。

生まれてから、さまざまな体験を積み重ねながら、

その時々の思いや志向、状況などに伴って、

どの道筋を進むのか、自由に選び、思いのままに創り上げていくのです。

ほぼ白紙の状態から、自由に創造していくのですから、

発見と変化、喜びとチャレンジを含む、きわめて創造的なものと言えるでしょう。

では、あらかじめ魂が決めておく重要な要素とは、何でしょうか?

その中の一つは「メインテーマ」です。

メインテーマとは、その人生の中の最も重要で意義のあるテーマ、

「人生の目的」と重なるものであると考えてよいでしょう。

もちろん、人の一生は、単純ではありませんので、

「これがメインテーマです。」と、軽々しく表現できるようなものにはなりません。

実際のセッション中に、メインテーマについて問いかけると、

ある方は、

広い世界に出ていっていろいろな人と交流すること」と答えられます。

また別の方は、「静かで穏やかな環境に暮らして、心の平和を感じること。」と言い、

○○○さんと親密になり、より良く理解し合うこと」というお答えもあります。

セラピストの問いかけに対して、

その方の潜在意識から現れるイメージを、言葉にしてお答えいただくのですが、

その時、その方の心には、言葉では言い表せない感情・感慨も、

同時に湧いてきて、心動かされる体験となります。

多次元セラピーのセッションで、魂の計画を探求していって、

このメインテーマに行き着く時、ついにメインテーマを発見された時、

たいへん多くの方々は、口に出された言葉を越えて、

心の深い部分で納得がいき、腑に落ちる体験をされたということです。

その方がご自分で選んだメインテーマですから、

長い間、意識することもなく、思い出すこともなかった

大切な何かを再発見される機会となるでしょう。

当然のことながら、メインテーマは、その方によって異なります。

たとえば「自由」とか「豊かさ」など、単語一語で表現されていたとしても、

その背景にある壮大ないきさつと動機

その言葉に込められた深い感情や切実さは、

おひとりおひとり異なっており、独特で、ユニークなものとなるのです。

潜在意識を探求し、魂の計画のメインテーマを再発見することは、

その後の人生を生きる勇気と確信をもたらしてくれます。

何か迷っていることや、途方にくれていること、後悔していることがある時に、

ご自分の魂が求める本来の方向性や価値を思い出して、

考慮することが出来るためです。

メインテーマは、強制的なものではなく、制限するものでもありません。

人生は選択の連続であり、魂はひとりひとりがユニークです。

日常、いろいろな選択をする際に、

より広い視野に立ち、他者とは比較できないご自分らしい選択をすることに、

きっと役立つことでしょう。

魂があらかじめ選択してきたメインテーマに気付く(再発見する)ことは、

人生にパワーを吹き込み、自己価値を高め、

かけがえのない自分の人生の時間を、

いっそう大切に過ごそうという気持ちにさせてくれるのです。

魂の計画を探求する多次元セラピー

| 人生の目的・魂の計画 |

誤った思い込みのカルマ

2021年01月14日

多次元セラピーでは、いわゆる“未完了の仕事”を
カルマと考えています。

ある転生でやり残した物事、
それにまつわる後悔や心残り、罪悪感などの思いです。

出来ることならばやり遂げたかった…と
強く感じているのは、当事者であるご本人ですので、
カルマは、ご自分の思いから作られるものであると言えます。

カルマというと、何か罰のようなもの、償い、
ネガティブな重荷と捉えられがちです。

けれども、そんなことはありません。

あくまでも、「本当は達成したかった」、
あるいは「やらなければよかった」というところから、

次の転生では、「必ず達成しよう」、
あるいは「こんなことは二度としないようにしよう」と考えて、
次の転生の計画に組み込まれるのです。

カルマによって、次にやり直すチャンスが作り出されるのだと
前向きに解釈することが出来ます。

生まれ変わりにおいては、
取り返しがつかないことはなく、
何度でも、やり直す機会が与えられているのです。

さて、多次元セラピーのセッションのケースで、
時折、現れる厄介なものの一つに、
誤った思い込みのカルマ」があります。

前世・過去生の一つの体験から、
「やり遂げたかった」、
あるいは「しなければよかった」という思いが生まれますが、

「誤った思い込みのカルマ」とは、
その体験や出来事そのものに誤解や思い込みがあり
本来、その方が感じているような思いとカルマは
実は、必要のないものであったというものです。

たとえば、前世・過去生において、
責任者としてある重要なシステムを管理していたAさんが、
気のゆるみから人為的なミスをしてしまい、
その結果、大勢の人々が負傷することとなってしまいました。

Aさんは、そのことに心を痛め、激しく後悔し、
「次こそは、常に気を張って、怠りなく、管理をしよう」と
強い思いを抱きながら、その転生を終えました。

その切実な思い=カルマは、次の転生の計画に組み込まれ、
Aさんは、別の時代に生まれ変わり、
再び重要な任務を果たすポジションに着くのです。

このケースで、ミスを出した原因が、
本当はAさんのせいではなかったとしたら、
どうでしょうか?

AさんのライバルであったBさんが、
Aさんを陥れるために、ちょっとした細工をして、
システムに問題を引き起こし、
しかもそれをAさんのミスであったように見せかけた…
としたら、Aさんには、全く落ち度がないことになります。

Aさんは、後悔や罪悪感を覚える必要がなくなり、
カルマも作られません。

すなわちAさんのカルマは、
自分のせいで人々を負傷させてしまったという
「誤った思い込みから作られたカルマ」であったことになります。

このAさんのケースでは、
ライバル同士の競争心や邪悪な企てが絡んでいますが、
そうではなくて、偶然そうなったという出来事もありますし、
単なる自然現象であったという場合もよくあります。

たとえば突然の事故で、気を失ってしまった人が、
意識を取り戻した時、隣にいた奥さんの死に気付いたとしたら、
自分のせいでこうなったのだと思ってしまうかもしれません。

過去の時代には、防犯カメラや車載カメラによる記録はなく、
また裁判などの手続きが行われていなかった時代や文化もあります。

目撃者が一人もいない状況での事故や事件では、
いったい何が真実であったのかがわからず、
関係者が誤解や思い込み、誤った解釈をすることは、
私たちが想像する以上に、頻繁に起こっていたことなのです。

多次元セラピーによる前世療法で、
問題となった出来事に退行すると、
出来事の詳細が明らかになります。

事実関係はもちろん、その瞬間の思考、感情、感覚など、
通常の前世療法で受け取る情報とは
比較にならないほど多く、しかも詳細です。

たとえば、人が亡くなる時、
複雑な状況での死であったならば、
果たして本当の死因は何であったのか、
何が致命傷となったのかも特定します。

ですので、
丁寧に退行し、再体験していただくことによって、
その方がご自分のカルマだと思っていたことが、
実際には「誤った思い込みによるカルマ」に過ぎず、
持つ必要のないものであったと判明することがあるのです。

私がセッションをさせていただいたケースでは、
以前、一般的な前世療法を受けた時、
前世・過去生で大きな罪を犯していたようだったが、
多次元セラピーで、同じ転生を再度探求してみたら、
実際はそうではなかったとわかった方がいらっしゃいます。

ほかには透視リーディングのセッションで、
前世で不倫をしていた報いで、
今生は夫に先立たれたと言われた方が、
多次元セラピーをしてみると、
前世での出来事は不倫ではなかったとわかったこともあります。

占いや透視リーディング、チャネリングなどのセッションは、
興味深いものですが、クライアントの方が、ご自分の五感を使って
前世・過去生の再体験をするわけではありません。

占い師さんや透視リーダーの方から
「こんなカルマがありました」と言われたら、
「そうだったのか…」と信じてしまいがちですが、
退行して再体験したわけではありませんので、
本当のところ、何が真実であるかはわからないのです。

もちろん占い師さんや透視リーダーの方は、
ご本人に良かれと思い、
自信を持って伝えてくれているのでしょう。

しかしながら、伝えてもらったことが、
全て真実とは限らないという視点に立つことも
大切なこと
ではないでしょうか?

というのは、「誤った思い込みのカルマ」によって、
本来、持つ必要のない罪悪感に苛まれ、
長いこと苦しみ続けることがあるためです。

不運な出来事を、まるで天罰のようにみなしたり、
こんなカルマがあるのだから、
人生が上手くいかないのは当然のことだと
あきらめてしまったりする方もあります。

もしも前世・過去生における罪や、人の道を外れる行い、
他者を不幸にする出来事、
ご自分が原因となった(と言われた)事故や災害など、
カルマ的な体験があったらしい…と気になっている場合には、
一度、多次元セラピーのセッションで、
その時点に退行し、真実を探求してみてはいかがでしょうか?

その時の細やかな心情や、隠された事実、
他者の思惑、本当の原因などについて、
ささやかなことも見逃さずに、臨場感を持って、
精緻に再体験をしていただけることでしょう。

カルマは、新たなチャレンジであり、
元々、否定的なものではありませんが、
「誤った思い込みのカルマ」は無条件に必要ないもの、
むしろ有害なものだと言えます。

誤った思い込みのカルマを癒す多次元セラピー

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書き換えをしない多次元セラピー

2021年01月09日

ヒプノセラピーを学ばれた方や、
ヒプノセラピーを受けたことのある方は、
「書き換え」という言葉をご存じかと思います。

今日は、皆さまからよくご質問をいただく「書き換え」について
お伝えしたいと思います。

「書き換え」は、ヒプノセラピーでよく使われる技法の一つです。

文字通り、過去の出来事を書き換えることによって、
実際に起こったこととは異なっていたかのようにしていきます。

書き換えは、
ヒプノセラピーが日本に入ってきた当初からあるもので、
現在も、数多くのヒプノセラピストの中で
支持され、用いられているようです。

私が初めてヒプノセラピーを学んだのは、
20年以上も前のことになりますが、
当時、通っていたスクールで、
書き換えについて、どのように行うのか解説があり、
実際に練習もした記憶があります。

当時、ヒプノセラピーの書き換えは、
ポピュラーで一般的な手法でした。

書き換えが用いられる場面として多いのは、
トラウマ的な体験です。

たとえば、子どもの頃、虐待を受けていたAさん。

そのトラウマを癒そうとするセッションで、
時間を遡って子どもの頃に退行していくと、
お酒を飲んで父親が暴れているイメージが現れます。
父親は、特に理由もないのに、その子に暴力を振るい始めます。

母親も家の中にいるのですが、父親を怖れて何もできず、
息を殺しています。
誰も、子どものAさんを助けたり守ったりしてくれません。

このような時、たとえば母親が毅然とした態度で父親を諭し、
Aさんをしっかりとかばい、暴力から守ってくれたように
ヒプノセラピストは「書き換え」をするかもしれません。

あるいは、父親が自分の言動にはっと気付いて暴力を止め、
Aさんに謝ってくれた…と 「書き換え」 るかもしれません。

いずれにしても、実際に起こったこととは異なる
もう一つの「現実」があったかのようにして、
Aさんの苦しみを和らげようとするのが書き換えです。

イメージの中で、母親には安全に守られ、
父親はもう二度とこんなことをしないと謝罪し、
子どものAさんはほっとして、心に安らぎを取り戻した…
という別のストーリーが作られたわけです。

Aさんの潜在意識の中で、虐待のトラウマが、
現実とは異なる、より平和的でポジティブな出来事に
取り換えられることを目指す方法であると
考えることが出来るでしょう。

このような技法が書き換えですが、
実は多次元セラピーでは、書き換えを使うことはありません。

その理由は、実際の出来事を、
別のストーリーや状況に変えてしまうのは、
表面的な操作に過ぎず、
持続的な癒しとはなりにくいためです。

あるクライアントの方は、書き換えの話をしている時、
「上から修正テープを貼るようなことですか?」
…とおっしゃっていましたが、的を射た表現だと思います。

修正テープは、時が経てばいずれ剥がれ落ちて、
その下に隠されていた辛く恐ろしい事実が露出するでしょう。

持続しないというのは、そういう意味です。

表面的に事実を取り替えてみても、
トラウマが無かったことにはなりません。

その出来事が起こった過去の時点から今日に至るまで、
その方は、絶え間なく、
否定的な影響を受け続けているのですから。

では、多次元セラピーでは、書き換えを使わずに、
どのようにしてトラウマを癒すのでしょうか?

その辛い出来事を回避したり、遮断したりせずに、
退行し、リアルに再体験をしていただくことで、
その時に感じていたさまざまな痛み、辛さ、苦しみ、
悲しみなどの感情や感覚、想念が浮上してきますので、
それらを余すところなく、丹念に解放していくのです。

感情、思考、感覚、そしてエネルギーの
あらゆる側面からはたらきかけます。

辛く苦しい出来事を再体験するには、エネルギーが要りますし、
簡単に行えることではありません。

けれども、ひとたび勇気を持って再体験をされると、
深い解放と癒しが起こり、
その後、その体験から影響を受けることは無くなっていきます。

このように、多次元セラピーでは、表面的な操作ではなく、本質的な解放を促すこと、
最悪の部分から目を背けず、
あらゆる影響を全てきちんと癒すことを原則としています。

世の中には、
セッション中のトラウマの再体験はなるべく避ける、
という方針を採るヒプノセラピストも少なくないようですが、
こうした方針とは、だいぶ異なるアプローチかもしれません。

しかしながら、これまでのセッションのケースを振り返ってみますと、
「書き換え」を用いるよりも、こちらのほうが、
はるかに深い癒しがもたらされていることが分かります。

過去の辛い出来事の書き換えを体験されて、
現在、何となく辛さが残ってしまっている、
すっきりしない、生き辛い…と感じられている場合には、
一度、多次元セラピーを受けてみてはいかがでしょうか?

ご参考までに付け加えると、
リアルな再体験が望ましいとはいえ、
やはりどうしても辛過ぎて再体験が難しい…という方には、
エネルギーレベルでトラウマを解放する
エネルギーヒーリングを選択していただくことが出来ます。

ヒーリングのセッションでは、
過去を思い出す必要がありませんので、
比較的、楽に受けていただけることでしょう。

ホリスティックヒーリング は、こちらのサイトでご覧いただけます。

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